賢太郎ブログVol.006

音楽の話もせんといけんじゃろー1

あれはココからは遠く離れた場所、ヒロシマンプレフの東の街。
フクヤマンシティー通りの十字路からの話。

さて、今回は『音楽の話もせんといけんじゃろー』と云うことで
【音楽あるあるトーク】として必ず挙がる話題を。
~始めて買ったレコード又はCD話~は鉄板である。
読者の皆様も一度は経験した話題であると思われるが、
僕もミュージシャンの端くれとして例に漏れず、幾度と繰り返してきた会話である。
得てして、音楽を志す者となればどこか浮世から離れてしまっているものだ。
自論ではあるが、ソレはその人の持つ音楽性を作り上げる
大きな要因になっているように思えてならない。

・尾崎豊・PRINCESSPRINCESS ・ブルーハーツ・MrChildren
・B’z・TKサウンド系・つんく系・ジャニーズ系  など

世代毎に違いはあれどティーンズの買品として健康的である。
電車で云うと メインストリーム【山手線】であり【新宿~品川間】といったところだ。

中には
・ブレッカーブラザーズ
・ジェフベック
・ジョンスコフィールド
といった大人マセマセな輩もいたが、
当時からこの手の音楽が理解できていたとしたら今頃は、、、

そんな中、僕の買った品は
・ドボルザーク 『新世界』カラヤン指揮
・長渕剛 『JAPAN』
我ながら非常なる両極の音楽性の感じるところだが、、、
うーむ、今もJ-popとBluesを愛するスタイルは変わっていないように思える。
当時、同級生に『カラヤン』という友達がいたが妙に響きが格好好くて羨ましかったのを覚えている。
そして初のカラオケデビューはこの頃。永ちゃんの『アリよさらば』だ。
永ちゃんに憧れた少年はひとしきり『ひぃり ひぃりと~きずぐちが~』と
何故か長渕し尽くした後、新たなステージへ。

『好きだったんじゃけーしょうがなかろーが!!!』 である。

そして当時、大人気を博した『踊るポンポコリン』に手を出したのだ。
コード進行を説いてみるとI-Ⅵm-Ⅳ-Ⅴ7 という黄金コード進行を基に
今までとは全くもって新しいサウンドを作り上げた作品である。
『革命じゃーー!!!』
と思っていた筈もない少年は後に近藤房之助氏と共演させていただける事になる。
宝である。

そして勢いに乗った少年はサッカーを始めるのである。
世はJリーグの全盛の時代!!!
もはや、『巨人・大砲・卵焼き』ではない!!!
『カズ・武田・ラモス・北澤・柱谷・ビスマルク』である。
その少年は放課後になると爆音でベルディーを歌った。
カズダンスで歌った。
ポルトガル語で歌った。
暗記で歌った!!!(出鱈目)

その声はドーハにまで届く程の声だったと言われている。

『VERDY TOKYO SAMBA』
http://youtu.be/3mv-w5Z4dUE

クラシック~長渕~アニソン~サンバと
『音楽というものは果てしなく広く自由なモノだ』と少年は思う。
、、、、はずもなかった。

そんな頃の話。
ブルースと出会うのはまだまだ先の遠い遠いお話。

つづく

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